セフレに恋はしたくない 2


 篠崎敬真しのざきけいま咲人さきとと出会って2ヵ月が経過した。咲人は出会い系で知り合ったいわゆるセフレであったが、最初の逢瀬からこの2ヵ月間で咲人に会えたのはたったの2回だ。
 咲人は会う度に眠たそうな素振りをみせており、ホストという職業柄、不規則な生活を送っているのが想像できた。
 こちらから連絡を取ろうにも、今寝ているかもしれない……女と一緒にいるかもしれない……などといちいち気を回してしまい、篠崎から連絡を取ることはなかった。
 咲人と最初に待ち合わせをした駅前の喫茶店で、篠崎は暫し考え込んだあと、めのまえのコーヒーをぐいっと飲みほしてからスマートフォンを手に取った。
 切れ目なくセフレを作っている篠崎の唯一のルール、“同時に2人以上のセフレは作らない”を、やぶることにした。
 今夜すぐ会える相手ならだれでもいい気分だったが、篠崎は敢えて咲人とはまるで正反対の男を選んだ。
 男は、黒髪のすっきりとした髪型に、シャープな眉、切れ長の涼しげな目をしていた。

 待ち合わせに指定された場所は篠崎がいた喫茶店からすこし離れていた。
 篠崎は自分の勤め先の人間と鉢合わせないようにいつも職場の最寄駅から乗り換えが必要な場所をつかっていたが、彼も同じ考えで、篠崎の待っていた駅では都合が悪いのだろう――と勝手に想像した。
 ふと、黒髪の長身の男が目に留まる。周囲の人間と頭ひとつ抜けるように背が高いので、目立つ。篠崎は思わず待ち合わせの相手の名前を呼んだ。
競平きょうへい……さん」
「篠崎さん?」
 咲人とは正反対のタイプを選んだつもりだったが、めのまえの男はモデルのように背が高く、高そうなスーツを身にまとい、右耳にはピアスが光り、高級そうな指輪もいくつか嵌められている。手首には高そうな大ぶりのパワーストーンブレスレット。
 つい不躾に全身をチェックしてしまう。
 すらりと伸びた足の先の黒い革靴は丹念に磨かれていてガラスのような光沢を放っていた。
 ――ホストじゃないよな。
 篠崎の顔に苦笑いがにじむ。
「バーでも行きますか」
 競平の提案にすぐに反応できないでいると、「それともすぐにホテルに行かれますか?」と丁寧に訊いてくる。
「いや……軽く飲んでから行きましょう」
 篠崎が言うと、かしこまりましたというふうなしぐさで篠崎を先導して歩き始める。
「俺がよく使ってるバーでかまいませんか?」
「ええ」
 丁寧な口調がくすぐったい。思わず自分も敬語になってしまう。取引先の使える若手と仕事をしている気分だ――いや、自分も若手の範疇の年齢か――そもそも競平の年齢がわからない。若く見えるが、身につけているものは明らかに羽振りの良さを物語っている。
 目的地につくと、競平が「どうぞ」と扉を開ける。中へ入ると、バーカウンターの“予約席”の札を指をそろえた右手で競平が指す。どうやら待ち合わせをする前から予約を入れていたようだ。
 雰囲気の良いバーだった。他の客の会話がぎりぎりかき消える音量のBGM、薄暗い店内は顔に濃い陰影をつくるのでより魅力的にうつりそうだ。
 競平がカクテルを注文し、篠崎の方をちらりと見る。篠崎はウイスキーをロックで注文した。
「……ドラマの影響で好きになって」
 なぜか言い訳のようについ口から出た。
「タマテツのやつですか? タマテツ、イケメンですよね」
「ええ……」
 妙に落ち着かない。そうだ、競平が敬語なのがいけないのだ――そう思いつつも敬語をやめるように言うこともなぜだか出来ず、微妙な距離感のまま酒を飲みながら少し話した。会話の内容はよく覚えていない。

 バーを出ると、土地勘のない篠崎のかわりに競平が利用したことのあるホテルへ連れて行ってくれた。男同士お断りのホテルは多い。よく利用しているエリアならどこがOKでどこがダメか把握しているが……。
 ホテルにつき、部屋を選ぶ。「どのお部屋が良いですか?」と競平が訊いてくるので、「じゃあこの部屋で」と、設備が多い広めの部屋を選んだ。
 篠崎は落ち着かないまま、エレベーターに乗り込む。
 選んだ部屋のある階で降りると、部屋番号の書かれたライトがチカチカと点灯して目的地を示していた。階段を降りていくコツコツという足音や、エレベーターが降りていく音が聴こえ、他の客の存在を感じる。普段はこんな物音、気にも留めないのにな――篠崎は心の中で呟いた。
 部屋につくと、競平が「キスしてもいいですか」と突然訊いてきた。戸惑いつつも、「いい」と応える。競平の唇が食らいつくように覆いかぶさってきた。肉厚な舌が割って入ってきて、篠崎の舌に絡みつく。
 唇を1センチほど離して、競平が「ここからは競平さん、はナシで」とささやいた。「俺は……敬語、やめていいか」と上ずった声で篠崎が言った。「はい、篠崎さん」と競平が耳元でやさしい声で囁く。シャワーも浴びていないのに行為が始まりそうな雰囲気だ。
 思わず競平の胸元に手をあてて彼を止める。
「シャワー、先に浴びていいか」
「もちろん」
「じゃあ、浴びてくる」
 上着を脱いでクロゼットを開けようとすると、競平が「預かります」と手を差し出してきた。篠崎は差し出された手を見つめたあと、顔へと視線を移動させた。
 ――ホストじゃないよな――会った時はそう思ったが、”黒服じゃないよな?”という新たな考えが浮上していた。

 篠崎がバスルームから戻ると、競平はベッドに腰かけ、難しい顔をしながらスマートフォンを睨みつけていた。
「おかえりなさい。すみません、仕事のLINEが来ていて」
「そうか」
 篠崎はつとめて興味なさそうな声で返事をした。咲人の時はうっかり”ホスト?”などと言ってしまったが、初対面な上に今後のつきあいがあるかどうかもわからない男の仕事を詮索する気はなかった。篠崎だって自分の勤め先の社名や部署まで教えたくないと思っていたし、競平のそれも、咲人の働くホストクラブの名前だって知りたくない。
 LINEを返信し終えたのかわからないが、パチン!と音とたてて競平が手帳型のスマホケースを勢いよく閉じた。スマホに向かっていた顔を上げ、くるりとこちらを向いて「シャワー浴びてきます」と宣言して、スマホをベッドに置いてバスルームへ早足で向かって行った。
 放置されたスマホがむなしくLINEの通知音を鳴らす。
 ふと、ベッドのサイドボードに目を向けると篠崎がバスルームに向かう前までは無かったものがそこにあった。
 ローションとコンドームとスプレータイプのマウスウォッシュが綺麗に並んでいる。
 競平が私物を並べたのだろうか。
 慇懃な態度といい、かなり几帳面な性格なのだろうか。その割には仕事のLINE通知が鳴りまくるスマホを放置してラブホでシャワーを浴びているわけだが……。
 篠崎がベッドのスマホとサイドボードに気を取られていると、競平はすぐに戻ってきた。
「スマホ、すごい鳴ってたけど」
「うるさかったですか? 電源切っていけばよかったです」
「いや、仕事のLINEだろ?」
「篠崎さんまでそんなこと言わないでください。今は篠崎さんとプライベートの時間を楽しみたいんです」
 本気で言っているのかわからない調子で言う。競平はあまり表情が変わらない性質なのだろうか。ベッドサイドにきっちり並んだ道具を見るに、楽しみたいという思いは十分伝わる……。
 ベッドに腰掛けている篠崎のとなりに、競平が座る。安いスプリングマットレスがギギ、と音を立ててたわんだ。
「仕事きっちりこなす男と仕事よりも恋人との時間を優先する男だったらどっちが篠崎さんの好感度高いのかな」
「……恋人じゃない。初対面の男よりは仕事の方がだいじだろ」
「初対面だからこそ印象良くしたいです……じゃあ、返信だけ打ちますね」
「うん……」
 競平がぴったりと篠崎の隣に座ったまま、スマートフォンのカバーを開いて、LINEの返信を打ち込む。画面が丸見えなので、内容を見ないように篠崎は少し目線をそらした。わずかに視界に入ったLINEのやりとりで、競平は”店長”と呼ばれていた。なるほど、大変そうだ……。ついでに、黒服疑惑が消えた。水商売の店長の可能性もあるが……。
 返信を打ち終えたらしい競平が、電源ボタンを長押ししてスマホの電源を落とした。パチン!と音を立てて、勢いよくカバーを閉じる。ここからはプライベート、と仕事にフタをするようだ。
「キス、してもいいですか」
「いいよ」
 唇が重なる。競平の長い前髪が頬をくすぐった。いちいち許可を取らなくてもいいのにな……ととろけていく思考の中で篠崎は思った。
 咲人セフレに放置されていた身体はかんたんに熱を帯びる。
 篠崎のあつい吐息に触発されたのか、競平の方もすぐに高まっていくのがわかった。
 ベッドに押し倒される。競平は枕元の操作パネルに手をのばし、部屋のあかりを暗くした。
 競平の右手は、今度は篠崎のバスローブの結び目にかかる。
 ホテル備え付けの安っぽい生地のバスローブはすべりがわるく、ぎこちなく脱がされた。
 篠崎も競平のバスローブに手を伸ばそうと、ベッドに倒された身体を起こすが、起きあがった篠崎を競平はそのまま抱きしめた。座位のような体勢で競平の腕に捕らわれる。
 どきどきと、鼓動が早まる。
 競平が篠崎を抱きしめたまま、うなじに食らいつく。「はっ」と息をもらしながら、篠崎は競平がまとうバスローブに力なくしがみついた。
 篠崎の裸の背骨を競平の左手が繊細にノックする。尾てい骨まで指が這う頃には、篠崎の前は触ってくれと訴えるようにそそりたっていた。
 競平の左手はそのまま篠崎の窄まりをノックしに行った。準備されていたそこは甘えるように競平の中指に吸付く。そこをやさしく叩かれるたびに、期待に胸が高鳴った。
 篠崎が挿れてほしいと言わんばかりに競平のものに触れると、「ほしいですか?」と競平が耳もとでささやいた。篠崎は裏筋を親指でなぞりながら艶めかしく頷いた。
 競平がふっと笑みを漏らしてから、ベッドサイドのコンドームとローションに手を伸ばした。ゴムをつけたそこに、ローションをトロトロと垂らす。「乗れますか?」と競平が言う。おずおずと、篠崎はローションでぬるぬるになったそれへ腰を落とした。「あっ……」と声を出しながら、篠崎が力を抜く。待ち構えていた篠崎の箇所は、あっさりと競平を呑み込んでいく。ずっぷりと奥まで納める。「動きますね」と宣言してから、競平が腰を使った。
 競平に跨る篠崎が、揺さぶられ、不安定にぐらつく。ほんのりと茶色がかった篠崎の髪がぱさぱさと乱れた。
 とろける視界に競平の顔があった。競平は翻弄される篠崎を見て楽しんでいるような目をしていた。わずかな灯りに黒髪が艶やかに光っていた。元々の髪ではなく、さらに黒く染めているような、青みがかった黒髪だ。――こう言うのってなんて言うんだっけ――そうだ、からすの濡れ羽色――思考がねじれる。篠崎が身を乗り出して、競平の髪を唇で食んだ。無機質な、味がした。
「はっ……あっ、あっ、ああ……」
 篠崎の押し殺したような嬌声が部屋に響く。
 競平は腰を揺らしながら、篠崎の肉茎に左手で触れた。右手は篠崎が倒れぬよう支えている。
 左手が弱そうな場所をねらうように蠢く。
「ああっ……」
 競平の前髪が肩に触れたかと思うと、かれの唇が鎖骨に強く吸い付く。
 人差し指が尿道にねじ込む勢いでめり込む。
「あああっ……!」
 篠崎はひときわ大きい声をあげた。
 ぎゅっと、競平を受け入れている部分が締まる。捩じ切りそうな勢いだ。
 競平の唇が黙らせるように篠崎の唇に覆いかぶさる。
 呼吸のできないような口づけから、一度口を離して、今度は舌先で歯列を丁寧になぞり、唇を撫で上げ、かれの味がしなくなるまで舌を丹念にこねくり回される。
 執拗なキスのあいだ、ずっと左手は裏筋から尿道口までを行き来していた。
「はあっ、い、く……イク……!」
 無理やりキスをほどいて喘ぐように言った。腹筋にぐっと力が入る。
「いいですよ、出して」
 耳たぶを齧りながら競平が息を吹き込むように言った。
 ぞくぞくと快感が駆け抜ける。腕と脛に鳥肌が立つのを感じた。
 白濁が競平の左手を汚す。全部出きっても、競平は丹念に手を上下させた。最後まで絞り出すように。篠崎は長い余韻に浸る。アタマが蕩けそうだった。
 力が抜けて腰の立たない篠崎に競平が微笑みかける。
「俺もいきたいです」
「うん……」
「口でしてくれませんか?」
「いいよ……」
 まだ息の整わぬまま、競平の脚の間に入った。競平のものからゴムを外して、ローションを垂らし、篠崎は口に溜まった唾液をその上からだらだらとこぼして、べろりと裏筋を舐め上げ、丁寧にカリ首をなぞり……自分が気持ちいと思う場所を丁寧に愛撫した。忘れていたというように、あとから左手を添えて手扱きも加える。
 舐めながら、先ほどの快楽を思い出して体がうずく。腰をくねらせる篠崎を見下ろしながら、競平は興奮を覚えた。自ら腰を動かしてしまいたいくらいだった。「はあ……」と快感に濡れた声が思わず漏れる。篠崎はその声に呼応するように、ディープスロートを繰り返した。
「そんなにされちゃったらもう出ちゃいます」
 出せよ、と言うように篠崎は激しく頭を動かした。競平の腹に力が入る。「出しますよ……」と余裕のない声で言う。篠崎の口の中に液体があふれ出た。さっきの競平のように、篠崎は最後まで出し尽くそうと、懸命にそこを吸った。
 口を離すと、競平が子供によしよしをするように頭を撫でてきた。篠崎はぼうっとしながら、喉をこくりと鳴らして精液を飲み干してしまった。
「あ、そうだ……俺、HIVは陰性です、性病の検査も定期的に行ってるんで安心してください」
「は……」
 競平が突然言い出すので篠崎はまともな返事ができなかった。色々と丁寧な男だと思っていたがここまでとは……。
「いつもヤる前に言うんですけど……忘れてました。今言ってもあんま意味ないですよね」
「いや……俺もビョーキは持ってない……です」
 なぜか敬語になった。
 返事に満足したのか何なのか、よしよしとまた競平が頭を撫でる。
「もう1回……1回で済むかわかりませんけど、していいですか?」
 競平が覗き込むようにして訊いてくる。
 篠崎が頷いてから、2度イカされ、篠崎は、甘い疲労感に抱かれてくったりと眠りに落ちた。初対面の男の前で寝落ちしたのなど初めてだった。

 サイドボードに置かれた、篠崎のスマートフォンがLINEの通知音を鳴らした。画面が光り、新着のメッセージがポップアップする。咲人からの、「会えますか」というメッセージだった。持ち主からの反応のないスマホが、そっと消灯する。
 競平は、じっとその画面をみつめていた。

つづく