セフレに恋はしたくない 1


 駅前の喫茶店。スマートフォンの画面を親指でせわしなく撫でつけながら、篠崎敬真しのざきけいまはいわゆる出会い系サイトで男を漁っていた。
 篠崎の性別は男だが、かれの欲の対象――恋愛対象は男だった。
 ネットで見つけた男と会い、相性が善ければまた会い、合わなければまた別の男を探し、相性の善い相手でも結局は何度か会っているうちに飽きるか自然消滅する、そんな生活が続いていた。かんたんに言えば、セフレを際限なく作り、決して深い関係にはならずにいた。
 ふと、ひとりの男でぴたりと指が止まる。やたらぎらぎらとした男の写真。
 プロフィールの名前は“咲人さきと”。髪は金髪に近い茶髪で、ワックスやスプレーを駆使して完璧に整えられていて、まるで雑誌のモデルのようだ。しかもメイクまでしているようで、ついでに瞳が若干青いのが見てとれる。
 ネットで拾ったホストかモデルの写真を勝手にアップロードしたのだろうか……。
 いたずらだろうと踏みながら、篠崎はこの男を誘ってみた。向こうが篠崎のプロフィールを見て合意すれば実際に会う約束ができる。篠崎は30手前のごく普通のサラリーマンだが、果たして。
 10分ほど前に提供されたコーヒーはとっくにぬるくなっていた。篠崎はぬるくなったコーヒーをちびりと飲んだあと、汗をかいた水のコップに手を伸ばした。からんと氷が音を立てる。時刻は午後7時すぎだった。
 冷水でコーヒーを流し込んでいると、スマートフォンが音を鳴らした。
どうやら、このぎらぎらした写真の男と会えるようだ……。

「篠崎さん?」
 篠崎が注文し直した新しいコーヒーを飲み干した頃、頭上から声がかかった。
 香水のにおいがする。高級なものなのだろうか。鼻をつく噎せ返るような香りではない。優しく鼻をくすぐり、うっとりとさせるような香りだった。つける量にも気をつかって、もしかしたらつける部位にも気を配っているのかもしれない。
 この時点で、篠崎は声の主を振り返る前に、写真通りの男がそこに立っているのを確信した。
 篠崎が振り返り見上げると、写真の通りのモデルのような男がそこに立っていた。
「咲人さん」
「咲人さんだって。咲人でいいよ」
 咲人は篠崎の向かいの椅子を引いて座った。篠崎はテーブルの上に置かれた、店員を呼ぶボタンに手を載せかける。「決まってる?」と問うと、「オレもコーヒー」と咲人が答えた。篠崎がボタンを押す。
「ありがとう、篠崎さんは?」
「これ2杯目なんだ。やめておくよ」
「そう。待たせてごめんね」
 咲人がじっと青い瞳で見つめてくる。 恋人同士だったら、今の台詞とともに頬にキスでもしそうな男だ。
「……ホスト?」
 思わず口からこぼれた。なにしろホストか女たらしにしか見えない。
「え〜〜? わかる? わかっちゃう? あ、コーヒーひとつ、ホットで」
 ホストなのを認めながら咲人はコーヒーを注文した。
「ゲイのホストって安心じゃない? 色恋とかないし枕もないし結婚詐欺もないよ」
「ああ……、女相手のホストなのか……」
 口の中が乾いてきた篠崎は水をぐっと飲み干した。すぐさま咲人が店員を呼び止めてお冷を頼んだ。

 会計を済ませて喫茶店を出ると、篠崎と咲人はすぐにタクシーを止めてホテルへ向かった。篠崎がよく利用しているラブホテルだ。
 車中で隣の男を横目に見ながら、目立ちすぎるな……と篠崎はしみじみ思っていた。
 ホテルに到着すると、篠崎はパネルを一瞥しただけでさっさと部屋を決めてしまった。よく利用するホテルなので、どの部屋も大差ないのを知っている。
 咲人はこのホテルは初めてのようで、物珍しそうにきょろきょろしている。
「スティックコーヒー無料だって! めっちゃ種類あるよ、篠崎さんどれにする?」
「カロリーハーフのカフェラテ」
「オレはカロリーがハーフじゃないカフェラテにしよっと」
 エレベーターへ向かいかけている篠崎を、スティックコーヒーを2本握った咲人が早足で追いかけた。
 部屋に入るなり、咲人は篠崎に「上着を」とさりげなく言い、上着をクロゼットのハンガーに丁寧にかける。子供みたいに振舞ったり、突然エスコートしだしたり忙しい男だ。
「先にシャワー浴びる?」
「ああ」
 滑り込むように、篠崎はバスルームへ向かった。カバンはバスルームの洗面所まで持っていく。さすがに初対面の男を信用しきることはできなかった。咲人のような男でも。
 ただ、篠崎はすでに咲人のことをかなり気に入っていた。
 がっついた下品な男を篠崎は何人も見てきている。待ち合わせの喫茶店で脚を絡めてくる男、タクシーの中で手を握ったり腿に触れてくる男、ホテルに着くなりキスをしてくる男、彼氏面をしていきなり肩を組んでくる男――。
 いやな思い出も仕事の疲れも、今日ついた汚れ全て洗い流すように、篠崎はシャワーを浴びた。
 バスルームから部屋へ戻ると、咲人が椅子に腰掛けて先ほどのスティックコーヒーを飲んでいた。それは行為が終わった後にゆっくり啜るものなのでは……と篠崎が心の中で突っ込んでいると、咲人が「ちょっと眠くて」と少し申し訳なさそうに言った。
 篠崎はホテルの販売機の前にしゃがみ込み、「眠眠打破はないな……」とつぶやいた。咲人はふっ、と息だけで笑って「オレもシャワー浴びてくるね」と立ち上がった。
 ホストは忙しいのだろうか……ホストならばこの時間は普通ならば仕事だろう。たまの休日を自分に使っているのだろうか……。ぼんやりと考えながら、篠崎はベッドにそっと身を預けた。

 明かりを全て灯しても、部屋は薄暗い。ホテルにもよるだろうが、たいていのラブホテルは薄暗く、中には7色に色が変わる照明を設置している部屋や、部屋の明かりが赤や青と色がついた部屋もあるが、篠崎が選んだこの部屋はぼんやりとオレンジ色に薄暗いだけの普通の部屋だった。
 狭い部屋に、静かに男の息遣いが響く。
 ベッドに入っても、咲人の振る舞いは変わらなかった。エスコートするような態度を示す。「ここ、良い?」「痛くない?」とひとつひとつ丁寧に問うてきて、許しを得た部分にしか攻めてこない。かと思えば、時折子供のようにわざとくすぐってきたり、「ここそんなに感じるんだ」と無邪気な声で言ったりする。
「キスしていい?」
「ああ」
 咲人の厚めの唇が、篠崎の唇に触れた。シャワーを浴びてメイクが落ちても、咲人はくっきりとした二重にバランスのとれた大きな瞳をしていて、シャープな面立ちの美形だった。あまり見つめていると、ごくごく普通のサラリーマンの篠崎は気後れしそうになった。
 思わず目をそらしたが、しぐさが大げさになってしまった。そんな自分に恥ずかしくなり、こめかみのあたりがぞわぞわとした。脂汗が浮いてくるような感じがする。咲人にはその様をすべて見られていたはずだが、咲人がからかってくることはなかった。いままで咲人の目ざとい……こまかいところに気づくところを見せつけられてきた篠崎にとっては、意外なことだった。睦言と揶揄の線引きをきちりといているのだろう。
 咲人の細かい気遣いに、胸がじんわりと熱くなるのを感じる。この感情は……料亭や高級ホテルなどで満足のいく接客を受けた時などに感じる充足感だろうか。
 恋愛感情ではないな、と確認するように、篠崎は胸のあたたかさに名前をつけた。
 思考に耽っているうちに、咲人の唇が下半身へと移動していく。
 脚のつけ根を咲人の紅い舌が滑る。「あ」と短く声が漏れる。篠崎の半勃ちになったものは無視して、咲人は舌を最奥の方へと滑らせていった。
 かさ、と音がしたと思うと、咲人は篠崎の知らぬ間に手に取っていた備え付けのコンドームを開けて、篠崎の秘所にあてがった。
 潤滑ゼリー付きの冷たいぬめりにぞくぞくと背中を快感が駆け抜け、呼吸が荒くなっていく。血液がぎゅんぎゅんとからだを巡ってアタマと下半身に集中していくのを感じる。こめかみがどくどくと脈打ち、半勃ちだったものが張り詰めていく。舌が避妊具ごしにひだをなぞる。こじ開けるように、開く。風呂場でほぐしておいたのも手伝って、そこはするりを舌を受け入れてしまう。篠崎の左手の中指が安っぽい綿のシーツを掻いた。その手に、咲人の右手が覆いかぶさる。覆いかぶさってきた手から左手を少し引き抜き、指に指を絡めた。咲人が舌を引き抜く。舌で弄ばれていた箇所がうちがわから引きつるようにひくついた。
 篠崎が右手で探るように枕もとのカゴからもう一つの備え付けのコンドームを取ると、咲人が絡めていた手をほどいて「かして」と言う。つぎは自分が咲人に対して愛撫をする番かと思っていたのだが。
 咲人は篠崎の脚のあいだに割って入っていた体を起こして、そそり勃ったものに新しい避妊具をするするとかぶせる。潤滑ゼリー付きのゴムをまとった肉が、たっぷりと果汁を垂らすグロテスクな果実のように濡れた光を放つ。
 咲人は篠崎に覆いかぶさるようにして顔を近づけ、「いれるよ」とささやくように言った。篠崎は「うん……」と喉を鳴らした音のような声で返事をした。生唾を音を立てて吞み込みそうになるのをこらえる。篠崎が育てるまでもなく、咲人が“いれられる”状態だというのが、嬉しかった。
 どきどきと胸が高鳴る。頭に血がのぼる。
「あ……」
 声を出しながら息を吐いて、体から力を抜く。ぬるりと、あつくて硬いものが篠崎のなかに侵入してくる。ほぐしておいたとはいえ、指や舌とは質量が違う。切れないナイフを刺しこまれたような、鈍痛がはしる。篠崎は差し込まれた場所から力を抜こうと、声を上げながら息を吐いた。
「あっ……」
 声に苦痛が滲んだが、咲人は止まらなかった。ゆっくりと、すべて差し込んだ。
 内部の感触を味わうように、ぐっと押し込みながら、決して前後に動かしたりせずじっとしている。
 そうしているうちに篠崎の内部が咲人のかたちに落ち着いて、今度は痛みよりもずっと強い快感がせり上がってくる。
 咲人は一切動いていないのに、篠崎は喘いだ。波のように快感が次々と駆け抜け、咲人の与える快感に弄ばれるように篠崎は声をあげた。
「あっ……ああっ……あ……あ……」
 短く熱い息が何度も漏れる。
「動くね」
「ン……あっ」
 咲人が腰をつかうたびに声が漏れた。なかが収縮して咲人を締め付ける。咲人の整った顔が快感に歪んだ。「うっ」と声を上げ短く息を吐く。
 咲人は体勢を変え、篠崎のものを左手で愛撫しながらなかを責める。前後の刺激に篠崎の余裕がなくなる。「あっあっ」と断続的に声を漏らすことしかできない。口を閉じていられず、唾液が口のはしから糸をひいてしたたる。
 篠崎の先走りで咲人の左手がぬめる。ぬるぬると弱い部分を刺激され、後ろを何度もこすり上げられ、快楽に脳を支配される。
 目を閉じる暇もなく、痛いほど乾いた瞳に涙が滲んだ。篠崎の耳を食みながら、咲人が「いく」と熱い吐息を吹き込むように静かに囁いた。ぞくぞくと快感が背中を駆け抜け、篠崎は総毛立つ。足に鳥肌が立っているのを感じた。いっそう咲人の腰づかいがはげしくなり、打ちつけるようにして咲人は篠崎の中で快感をぶちまけた。
 咲人の汗が篠崎の胸もとに水滴を落とす。
 はあはあと息を整え、咲人は左手を上下させ、篠崎のはりつめたものをすべて吐き出させた。咲人の左手を白濁がどろどろと汚す。
「あ……」
「篠崎さん……」
 咲人が涙で濡れた篠崎の頬を指でなぞる。篠崎は小さくふるえた。咲人の唇が、唇に触れる。熱い舌がねじ込まれる。まだ息の整わないまま、篠崎は咲人の口付けに応えた。
「ホテルのゴム使い切っちゃったね」
「……販売機で買える……てか、俺、持ってる……カバンの中……」
「そう」
 咲人が嬉しそうな声で言った。

つづく