セフレに恋はしたくない 3

 ラブホテルの一室。時刻は22時前。篠崎敬真しのざきけいまが目覚めると、すぐそばに綺麗な男の顔があった。
 つややかな黒髪の男。涼しい目元のかれは、「起きた?」と優しく言った。
 かれ――競平きょうへいに激しく抱かれたあと、疲れきって眠ってしまったらしい。
「どれぐらい寝てた……?」
 篠崎が問うと、「ほんの10分程度」とこたえが返ってきた。
 サイドボードのスマートフォンに手を伸ばすと、着信を知らせるランプが点灯している。セックスフレンドの咲人さきとからのLINEだった。
 スマホをじっと見つめる篠崎の心を見透かすように、競平が「また会ってくれますか?」と言った。――競平以外にもセックスフレンドがいることを悟られているのだろうか――。
 篠崎は正直に言った。
「俺はお前以外の男とも寝るよ」
「かまいません」
 篠崎のことばを予想していたかのように、競平がさらりと言う。
 競平にこんなことを言うほど、咲人をつなぎとめたいと思っているのか、篠崎にはわからなかった。かと言って咲人を切って競平に乗り換えるというのも違う気がした。
「また連絡します。……俺から連絡しないほうがいいですか?」
「いや……連絡していいし、俺もするよ」
「嬉しいです」
 競平は表情があまり変わらない。本気で喜んでいるようにも見えるし、社交辞令で言っているだけのようにも見えた。感情を読み取ることじたい得意でないのに、競平の感情はとくべつ読み取りにくかった。
 先ほどまでだってそうだ、あんな慇懃な男がこんな翻弄するような抱き方をするなんて……。
 思い返すとまた熱が戻って来そうで、篠崎はあわてて考えるのをやめた――。

 翌日。
 仕事が終わってから、篠崎は咲人に連絡を取った。「会えますか」とLINEが来ていたからだ。朝イチで返信しても良かったが、咲人が寝ている時間を考慮してこのタイミングにした。「届いた時寝てた」と送り、返信が遅れたことを謝った。
 男と寝ていたとは書かなかった。
 競平には咲人の存在を匂わせたが、咲人に競平のことを言えるかはわからなかった。
 今日は会社の飲み会がある。
 咲人に「遅くなってもいいか」と送ると、「全然大丈夫」と返事があった。
 面倒な飲み会も、その後にごほうびがあると思うとそこまで気が重くならない。「じゃあ終わったら連絡する」とLINEを打つ。
 篠崎はスマホを鞄に仕舞い、飲み会に向かう同僚たちに合流した。
 会社のすぐ近くの、雑居ビルの地下の居酒屋へ向かう。
 電波は悪いし店内も狭いが、店長の接客が良く、刺身が旨い。
 薄い座布団の敷かれた木の椅子に着席し、乾杯をする。
 仕事の愚痴や、家庭の愚痴や、世間を賑わすニュースの話題などで周囲が盛り上がるなか、篠崎は微笑んだり適当に相槌を打って、会話に参加するでもなく、酒を呑んでいた。
 学生時代もそうだった。うっかり話に乗って、つるりと、口からボロが出るのが怖かった。
 子供のころ、早く大人になりたかった。
 学校という狭い箱のなかでは、みんなと違うということは、とても危険だった。
 社会に出て、広い世界へ行けば、本当の自分を表に出せると思っていた。
 けれど。
 フタをして閉じ込め続けた感情の、出し方が、今度はわからない。
 自分はゲイなのだろう。男としかセックスしたいと思わない。でも、恋人を作ったことはない。恋をしたことが、あったのか、なかったのかすらわからない。フタを、していたから。
 みんなでわいわいと無礼講で呑んで騒いでいる時、いつも篠崎はひとりで暗いところへ落ちてゆく気がしていた。
「篠崎さんって彼女いますよね」
 女性社員から突然、突きつけるように言われた。
「わかる! しかも定期的にオンナ変えてますよね」
 別の女性社員が同意する。
 なにやら、ひどい男のように言われているようだ。
「え? なんでなんで」
 篠崎ではなく、別の男性社員が身を乗り出して訊く。
「え〜〜。例えばネクタイ。それ彼女が選んだでしょ」
 ずばりと指摘するように、言い出しっぺの女性社員――飯田が言う。
 何か言わなければならない空気を感じ、篠崎は自分が今日しているネクタイを確かめた。
「これは……」
 咲人でも競平でもないセックスフレンドと関係を持っていた頃、「かれがつけたら似合いそうだ」と浮かれて買ったネクタイだ。そういうネクタイが、篠崎のクロゼットには無数にある。いま身につけているシャツも、同じようにしてネクタイに合わせて買った物だ。
 ネイビーにごくさりげなくピンク色と白のストライプが入ったネクタイ。シャツは一見普通の白いシャツだが、ボタンの縫い方がザンパテグリアートになっているのが特徴だ。鳥の足あとのようなこの縫い付け方は、ボタンが斜めに浮き上がるようになっていて、ボタンを留めやすく外れにくい。お気に入りの一着だ。
「まあ、そうかな」
 篠崎はごまかした。
「やっぱりぃ〜〜。ちょくちょくセンスっていうか雰囲気変わるんですよね。前の彼女に買ってもらったネクタイとか彼女の前でしちゃダメですよ?」
「気をつける」
 気をつける、などと答えたが、この後このネクタイをしたまま咲人と会うわけだが……。

 飲み会が終わり、篠崎は最初に咲人と待ち合わせした喫茶店に向かった。
 篠崎はいつものようにコーヒーを頼んだ。金曜日22時の喫茶店はそこそこ混んでいた。これから夜行バスに乗るらしい、大きな荷物を持った若い女性、自分と同じような飲み会後のサラリーマン、時間を忘れて話し込んでいる女性たち。黙々とスマホに向かう男2人――。
「篠崎さん」
「咲人」
 いつもと――と言っても会うのはこれで4回目だが――変わらない咲人の姿があった。「久しぶり」と言うように手をひらひらさせて、篠崎の向かいに腰掛ける。ふわりと香水の匂いが鼻をくすぐる。
 向かいに座った咲人を見ながら、似合いそうなネクタイを妄想した。
 一見地味だが派手な刺繍が施された、凝ったデザインのものがいい。
 胸もとをじっと見られていることに気づいた咲人が、「今日のネクタイかわいいね」と言った。篠崎は後頭部を掻きながら「かわいい?」と少し首を傾げた。「かわいい」と咲人がほほえむ。
「決まった?」
「あ、うん。今日はオレンジジュース」
 「オレンジジュース?」と笑いながら篠崎はボタンで店員を呼んだ。
「……ホストもスーツ着るだろ、咲人がネクタイ締めてるとこ想像つかないけど」
 ボタンを押しながら篠崎が言うと、「ネクタイしないよ」と咲人が答える。
「してる人もいるかな。あと私服のホストもいるんだよ、ネオホスって言って」
「ネオホス……?」
 篠崎が困惑していると店員が席に来た。咲人が「オレンジジュースひとつ!」と注文する。
「新人も私服でそのまま働けるからいーよね、レンタルのスーツまじダサいしくさいし」
 未知の職場の話に、篠崎は「へぇ」と間の抜けた声で相槌を打つことしかできない。けれど、いつになく饒舌に話す咲人を可愛く思った。
 さっきまでの飲み会とまるで違う。話していて、安らぐ。
 咲人が職業柄、会話のプロというのもあると思うが。
 30分ほど会話を楽しんでから、篠崎と咲人はタクシーに乗り込み、ホテルに向かった。
 ホテルへの道中、篠崎は昨日のことを考えていた。不思議なもので、あともう少し咲人からのLINEが早ければ、篠崎は競平に会うことはなかった。今日咲人に会えるのだったら、昨日男と寝る必要はなかった。でも、あの時はもう我慢の限界だった。
 咲人をセフレと割り切っているからか、罪悪感は湧かない。これからも、咲人と会えない日が続く場合は競平と会うだろう。
 これも、気持ちの”フタ”のせいなんだろうか。フタが外れたら、「好き」とか、「独占欲」とか、「罪悪感」なんかが、あふれ出てくるのだろうか……。
 結局、タクシーが目的地に着くまで篠崎は思考に耽っていた。咲人も、そんな篠崎に特に話しかけたりはしなかった。
 部屋に入り、いつも通りシャワーを浴びて、ベッドに腰掛けて、咲人がシャワーから戻るのを待つ。
 いつも利用しているホテルは、やはり落ち着く。部屋をえらんだあと、咲人がはしゃぎながらスティックコーヒーを選ぶのも見慣れた光景になっていた。今日も、咲人は「眠い」と言ってコーヒーを飲んでいた。
 寝る時間を削って自分と会ってくれていることを思い出し、初めて罪悪感を覚えた。
 だけど、咲人だって男とセックスがしたくてセックスフレンドである自分と会っているのだから、自分がそんな気持ちになる必要はないはずだ。――かれを楽しませることに専念しよう――。篠崎が一人で頷いていると、咲人がシャワーから戻ってきた。
 当たり前だが、「どうしたの?」と訊かれる。
「ちょっと考えごとしてて……答えが出たから頷いてた」
「かわいい」
 何がかわいいのかよくわからないが、そう言いながら咲人が頬にキスをしてきた。
 そのまま、ベッドに押し倒される。首筋に咲人の唇が触れる。濡れ髪が頬をくすぐった。
 バスローブをひらかれて、咲人の指がトコトコと、篠崎の平らな胸板を歩く。目的地に到着したと言わんばかりに、指が乳首で立ち止まり、撫で上げ、つまむ。
 篠崎は「ふ」と浅く息を漏らした。篠崎のうすく開いた口に咲人の舌がねじ込まれる。歯の裏をなぞる。口のはしから唾液が垂れるのもかまわず、舌と舌を絡めあう。
 乳首を弄られながら、唾液を交換されて、どくどくと音が聴こえそうなくらい鼓動がうるさく脈打つ。頭に血がのぼって、頬があつい。下半身が主張をはじめる。触れてもらえないそこが、もどかしくて、篠崎はもぞもぞと腿を擦り合わせた。乳首を爪で弾かれ「うぅん」と、くぐもった声を上げる。痛みと快感で目が潤む。欲望に濡れたような瞳で咲人を見つめた。
 咲人が唇を離す。咲人の舌がのびてきて、篠崎の顎に垂れた唾液をべろりと舐め取った。咲人の手が下半身に触れる。
「今日、ちょっと元気ないね」
「え……」
「いつももっとギンギンになるから」
「なっ……、酒、入ってるから……?」
 どきりとした。昨日セックスしたから、とは、言わなかった。
「そっか」
 ギンギンに勃っていなくたって、篠崎の体はじゅうぶん火がついていた。
「俺が勃たなくてもできるし……」
「舐めていい?」
 聞くやいなや、答えも聞かずに咲人は篠崎の半勃ちのものを舐め始める。
「ちょ……」
 咲人の巧みな舌遣いに、篠崎は「はっ」と短く息を吐き、シーツを握り締めた。
 突然、咲人が口を離す。ぎゅ、と左手で握られる。ずい、と身を寄せて、耳もとでささやく。
「フェラと、キスされながら手コキだったら、どっちがすき?」
 咲人の態度に、なんとなく腹が立ち、篠崎は何も言わずに咲人の唇を奪った。左手が、もぞもぞと動く。咲人の唾液で濡れたそこがぐちゅぐちゅと音を立てる。同時に、舌に、舌が絡む。篠崎は左手を彷徨わせて、咲人の昂りを探した。右手はシーツを握ったまま、左手が、目当てのものを見つける。応戦しようと試みたが、だめだった。
 咲人の右手が、篠崎の乳首をまた爪で弾いた。
「ひぅ……ん……」
  唇と唇のあいだで、小さく声を上げる。
「痛くないの?」
 咲人が訊く。痛いくらいのつもりで、やったのだろうか。
「……っもちいい……」
 正直に答えた。
 咲人の左手の親指の爪が、ぐり、と、尿道口にねじ込まれた。
 篠崎は、ほとんど悲鳴のような、高い声をあげた。
 腰のあたりをぞくぞくと、快感が駆け抜ける。
 先走りが、あふれた。咲人の唾液とは違う、透明な液体が、咲人の指を汚す。
「あっ……あぁ……」
 喘ぎながら、頭がぼうっとしてきていた。目頭があつい。頭が、ぐるんぐるんする。
「……ダメだよ、ちゃんと相手選ばないと、力加減知らないバカがいるから」
「選んでる……咲人なら大丈夫……」
 何が大丈夫なのかわからないが、思考のままならない篠崎は、口をついて出てくるまま、そう答えた。
「もう」
 咲人が、そう言いながら、そっとベッドに篠崎を寝かせる。言われなくても、篠崎は脚を開いた。ローションでどろどろになった咲人が、ぬるりと入ってくる。
 昨夜の競平とは、違うかたちだな……と、ぼんやり思う。
 やさしく、小刻みに出し入れされながら、篠崎は甘い喘ぎ声をあげた。
 硬い咲人が、篠崎のなかの、壁をそっと叩く。撫でる。激しく突き上げたりはしない。そこから波紋のように快感が広がり、それを繰り返され、さざ波のような快感が徐々に大きな波に変わっていく。
「あっ……あっ……ん……う……あぁ!……あ……」
 なかを叩かれるごとに、鳴く。
 咲人が、腰の動きを緩めた。
「篠崎さんって、声、大きいよね」
「ん……うるさい……?」
「ううん」
「あっ……」
「エロくて好き」
「あぁっ……あっ……あ……」
 言いながら、咲人がいっそう奥まで入ってくる。
 S字結腸に、咲人の先端がくちづける。
 篠崎は咲人を締め上げた。
 内部ではっきりと咲人のかたちを感じて、入っている、という実感にふるえるほど感じた。
 酒に酔ったように、赤く火照った頬に、蕩けた瞳をした篠崎の顔を見つめながら、咲人は達した。
 ゴム越しに咲人がどくどくと精液を吐き出すのを感じながら、篠崎は快感に腿を戦慄かせた。咲人が精液を放ち終わるまで、篠崎はぼやけた視界でかれを見つめていた。
 イク時の、ちからの入った腹筋を見るのが好きだ……。
 出し終えた咲人がそっと体を離し、先ほどまで入っていた場所に指をそっと挿れる。
 繊細に指先を動かして、感じるスポットを探る。反対の手は、篠崎の尿道口をまた苛めた。
 すでにドライで何度かイッている。なのに、射精させないと気が済まないのだろうか。なかから、そとから、快感を与えられる。
「あっ……あっ……イク……気持ちい……ああ!」
 篠崎のからだを、快感が駆け抜けた。

つづく